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熊本の聾学校

先日(19日)は、演劇家の柏木陽さん、劇作家で手話通訳の米内山陽子さんと一緒に熊本の聾学校へ行き、音楽活動をしてきました。

まずは幼稚部、言葉を使わずにその場の流れで即興的にパフォーマンス。皆でぴょんぴょん跳ねたり、ボディーパーカッション的な動きになったり、いっせいに声を出したり、大太鼓に群がって叩いたり、元気いっぱいでした。子どもたちの体そのものが音の粒子のよう。キラキラした目とワクワクした手が振り鳴らす鈴の音は本当に美しく、何度か固まったまま聞き惚れてしまいました。
そんなカオスと秩序が混在した世界を見守った後「ひとつの舞台のようでした」という感想を言ってくれた保育士さんの感性にもリスペクト。

次は中学部。普段の授業では、マリンバ。シロフォン、グロッケンで合奏しているらしく「プロの演奏&指導を」と仰る先生のオーダーに、いちおう応じつつ、ソロ演奏を聴いてもらった後、自分のやり方で「マリンバ授業」をおこなった。耳のきこえない生徒たちに「いい音色を出すコツ」や「いいノリを出すコツ」を伝えるべく、僕の身のこなしを模倣してもらう。皆で息を合わせて、お互いの姿を見ながら体を揺する、ドレミは気にせず「ジャン、ジャン、ジャン、ジャン」と連打していたら、どんどん響きと音色が美しくなってきた。
その他、「マレットの持ち方」についての考え方や、音楽の構造、コール&レスポンス、トレモロ奏法などについて、それぞれ「神髄」(?)を伝えた。神髄なのでちょっと難しかったかもしれないけれど、生徒たちの真剣な眼差しが印象的でした。

午後は小学部。好きな楽器を選んでもらい、最初は少人数で指揮に合わせて即興。ホワイトボードに楽器の絵を書いて、各楽器のin outだけ指示するアンサンブルをやってみた。だんだん人数を増やして即興合奏。子どもたちに「どうしたらもっと面白くなる?」「やってみたいことある?」等と問いかけたら、「もっとそろえたい」「おどりたい」「うた」「音の大小を変えたい」など、活発な意見が出たので、全部応じることにした。詳細は省くが、特筆すべきは「うた」の部分。耳が不自由なので、音程を取って歌うのは難しく、ラップというか、唱えているような感じになる。タイミングを合わせることはできるが、分割リズムという感じではないし、健聴者のイントネーションとも違い、ユニークである。紡いだ歌詞は「はしのうえ/ キーワード/ がっきでべんきょう/ おもちゃのチャチャチャ/ きらきらぼうし/ つくつくぼうし/ 大きなのっぽの古時計」。米内山さんと柏木さんが手話の振り付けを加えたら、リズムがくっきりしてきた。やはり彼らにとっては、手話の方がネイティブ言語なんだね。「手話ラップ」にはかなり可能性を感じました。他の聾学校でも既にやっていそうな気もしますが、既成のラップとは別の面白い方向へ発展しそうな気配があります。
最終的に、楽器、音量変化、おどり、歌、手話が全部出てくる音楽(というか芸能)ができた。タイトルは「うたのきらめき」。

というわけで、一日に三現場なのでヘトヘトでしたが、大いに刺激的な一日でした。演劇人でもある手話通訳者、米内山さんの仕事ぶりに助けられました。ワークショップ演劇の達人柏木さんの動きも、音とは別の観点から、間口を広げてくれていたと思います。

耳の不自由な方が音楽をやる、ということの意味や意義については、議論や質問が起きそうな気もしますが、もうこれは「あり過ぎるくらいある」と、ここでは答えておきましょう。音は聞こえなくても、波は伝わり、うねり、共振する、ということですね。視覚や動きと音は、実は分離されていないということを、あらためて感じた次第です。

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